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zoom RSS 産経 流域紀行多摩川を歩く(3)決壊、その後

<<   作成日時 : 2008/03/06 21:55   >>

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多摩川といえば忘れられない光景がある。昭和49(1974)年9月、台風による増水で多摩川が氾濫(はんらん)し・・・・・・その光景をシンボルに、高度成長期の陰で進行していた家族の崩壊を見事なテレビドラマにした『岸辺のアルバム』・・・・・・
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/080306/sty0803060817004-n1.htm

そんなことも忘れ去られたのか、周辺じゃ結構宅地開発が盛んだ。積水ハウス系積和不動産のマストシティ調布リバーサイトの建売は堤防に接した造成地。芸能人の中本賢が購入したとかで有名だ。周囲には多数のミニ戸建も乱立している。これらの住宅に住む人は洪水についてどの程度知っているのだろうか。昔はこのあたりは水田ばかりで、多摩川の砂利採取に従事していた朝鮮人がバラックを建てて住んでいたそうだが。

朝鮮人の多くは河川敷や埋立地、「不良住宅地区」にバラック小屋を建て、集住地区を形成した。ほかにも土地の所有が明確でないところ、湿地など住宅条件が悪いところ、飯場跡をそのまま使い、あるいは自力で家を建立した。集住地は全国に点在し、東京都内で例を挙げるならば、深川、芝浦、荒川、調布などであった。(在日韓人歴史資料館ホームページ)
http://www.j-koreans.org/exhibit/mono_22.html


昨年夏の大増水が記憶に新しい。調布付近が玉川付近についで危険な状態となり、氾濫注意水位4.3m・避難判断水位4.8m・氾濫危険水位5.2mをはるかに上回る6.02mに達した。これは戦後第2位の高さで、計画高水位5.94mをも超えた。流域はいっぱいに広がり、水位が堤防の上部まで迫った。河川敷への入口には止水板がはめられ、土嚢が積み上げられた。水が引いた後の河川敷は大量の流木やゴミが積もり、フェンスや看板などはなぎ倒された。市内の下石原では180mにわたって河岸浸食の被害が発生したという。


京浜河川事務所をはじめ、関係機関が徹夜で監視・警戒にあたった。出水状況まとめPDF
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民家近くまで巨木が流れ着いた。
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大規模な造成を行うマストシティ調布リバーサイト
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